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| 古くはアイヌ語で
ポントマリ
と呼ばれていた地域。
アイヌ語関連著書では、
「舟がかりができる入江」、という意味であるとしています。 昭和中期から後期にかけて埋め立てられ、現在は画像で見るとおりの漁港となっています。左の白い建物は 日本製粉 (大正14年創業)、中央の青い丸屋根は 小樽市公設水産地方卸売市場 (昭和53年竣工)です。 中央右の丘の上には 道営高島団地 (昭和53年)が見えます。左後方の山は 赤岩山 (371m)です。 |
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| 中央の白い丸屋根は
旧水産市場
(昭和35年竣工)で、この旧漁港を通称
舎の浜
と呼んでいます。 旧水産市場の後方に見える街並みは「俗称として残っている町名」があります。三本の坂道があり、 左側の道路に面した一帯を 成金町 、真ん中同様を 引越町 、右側同様を 気楽町 と呼んでいました。現在は、そのように呼ぶ人は、かなり少なくなりました。 後方の山は 下赤岩山 (279m)です。 、防波堤の右側には 弁天島 が見えます。 |
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| 弁天島の裏側です。 中央に見える末広中学校へ向かう坂道も「俗称町名」が残っています。それは 稲荷町 と呼んでいました。 |
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| 中央、二つの岩は
弁天島
、その右側のベージュ色の建物は
フィッシャーマンズハーバー
、その隣の白い建物は
北日本冷蔵製氷
(昭和41年設立)です。その後方は
茅柴(かやしば)岬
。 |
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| 画像左側は
フィッシャーマンズハーバー
、その右隣の白い建物は
北日本冷蔵製氷
(昭和41年設立)です。 |
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| 閉鎖された 旧高島トンネル です。手前の海岸線一帯は さき と呼ばれ、これは岬のことを意味したと思われます。 地元では「さぎ(“ぎ”は濁音で発音)」と言ってました。 |
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