手宮洞窟
― 解説 ―
国指定史跡(大正10年)です。
小樽には数多くの遺跡が保存されています。
その一つの手宮の古代文字は、
手宮洞窟に印された文字のような彫刻で、
俗に古代文字と称しています。
慶応2年相州小田原の出稼石工長兵衛が
石材切り出しに行って発見しました。
明治11年、時の海軍中将榎本武揚が
これを東京大学に報告して有名となりました。
出典:国書刊行会 昭和54年発行
「ふるさとの想い出 写真集
明治・大正・昭和 小樽 ― 小樽史談会編」
― 小樽交通記念館様からの情報 ―
この写真は博物館や交通記念館にも絵葉書として
現存しています。
この画像ではカットされていますが、
看板の「史跡手宮洞窟」の左面には
大正10年3月指定と書かれており、写真年代は、
それ以降と考えられます。
また右上に写っている機関車は
「手宮高架桟橋」へ向かっているもので
蒸気機関車が後ろから石炭車を押しています。
画像では見えませんが、その下にも線路があります。
現在でも機関車の走っていた線路を
支えるレンガ造りの擁壁が残っています。
(貴重な情報をお寄せくださいまして、
ありがとうございました。)