警防団消防団
7. 警防団・消防団

昭和19年に組織された高島女子警防団
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昭和19年に組織された高島女子警防団
昭和14年1月24日、勅令2号で「警防団令」が公布され、4月1日から施行されました。

この任務は、水害・火災消防、及びその他の警防・防空であり、北海道庁はこの勅令に基づき、4月1日、警防団施行規則の 細則取扱手続を公布し、警防団の設置を促しました。

明治16年、公立消防組以来の歴史をもつ「公立消防組」第1部(祝津)、第2部(高島)、第3部(赤岩)を廃止し、 「小樽警防団・第9分団」(高島)、「小樽警防団・第10分団」(祝津)、「小樽警防団・第11分団」(赤岩)が編成されました。

まし 当時の警防団は、規律・訓練・熟達によって警察制度の一部として、戦前・戦中、隣組組織の防災活動の指導や 郷土の守りに活動しました。

昭和19年、戦況がますます悪化し、敵機の空襲も考慮しなければならなくなりました。また、男子青年の応召などによって 救護・医療などの活動が不足し、遂に「女子警防団」(画像参照)が組織されました。

昭和22年4月30日、「消防団令」公布に伴い、警防団が廃止されました。

昭和22年9月8日午後2時より小樽市議事堂において、「小樽警防団解散式」並びに「小樽消防団結団式」が行われました。 こうして「小樽消防団」として、警察組織の概念から分離し、独立した自治体消防となりました。

近年は、常勤である消防署の機能や能力が充実し、主な消防活動は消防署員が行い、消防団は消防長の所轄のもとに、 これを援助する立場にあり、市街地では直接消火活動に参加することは少なくなり、現状の警備や、残火の処理などの補助的な 業務を主としています。

これからの問題点は、災害予防活動の充実・風水害・豪雪雨・地震・山林火災など、広域にわたる災害防止活動体制を確立し、 町民の期待に応えていかなければならない現状であります。

【歴代小樽市警防団副団長】
飯田三吉 昭和15年04月05日〜21年06月15日
【歴代第9分団長】
吉田庄太郎 昭和14年04月01日〜16年12月30日
日根政治 昭和15年04月05日〜21年06月15日
森川仁八郎 昭和21年03月15日〜22年09月07日
小林仁八郎 昭和22年09月08日〜35年06月10日
渡辺駒太郎 昭和35年06月10日〜42年05月12日
鈴木信夫 昭和42年05月12日〜49年11月19日
飯田徳八 昭和49年11月19日〜60年

【小樽市消防団第9分団】
(昭和60年)
分団長 飯田徳八
副分団長 小綱松五郎
庶務部長 斉藤幸二
消防部長 長谷部芳太郎
消防副部長 浜島吉男
警護部長 長内善次
警護副部長 村田久雄
(平成17年)
分団長 西島光夫
部長 大沢明博
部長 日根政博
班長 坂野勝清
班長 石谷 崇

▽水難救助で表彰される▽
昭和34年1月31日、午前6時頃、折からの北風23メートルの猛吹雪で、 波高6メートルのため進路を失った底曳漁船、第十八千歳丸がオタモイ海岸沖で座礁遭難に際し、 直ちに出動して海岸一帯切り立つ断崖の難所を下り、生命の危険をも顧みず、海中に飛び込み、救出作業を敢行し、 乗組員全員を無事救出した功労に対して、小樽市消防団表彰規則により授賞する。
  小樽市長 安達与五郎
【表彰者】
小樽市消防団第9分団
浜島吉男  三浦政勝  松田俊春  会田 博


以上、新高島町史297〜299ページより抜粋。