高島小学校開校100周年
6. 高島小学校開校100周年

昭和58年(1983)、高島小学校は開校100周年を迎えた。大河ドラマ『徳川家康』『おしん』が熱いまなざしを受けた年である。 小樽市としては、これより10年前の昭和48年(1973)、量徳小学校が開校100周年に達し、姉妹校祝津もまた昭和51年(1976)、 100年祭を行っている。

高島の場合、昭和55年(1980)に始まる校舎改築1期工事、それから昭和56年(1981)の2期工事昭和57年(1982)の3期工事を経て校舎全面改修となり、 昭和58年(1983)の4期工事として体育館新築も完了したこと。 更に50年代初頭より始まる南赤岩・西高島地区の住宅街化のもたらす児童増とPTAの活発化。そしてそれらの基底をなす 「高島ならではの風習」熱烈な郷土愛と『拓かでやまず我が行く手』の積極進取の気風 ― 協賛会長飯田健一郎氏 ― が更に本行事を盛り上げたのである。

1,086万円相当の町民の善意は、校門・校旗の改修から、ステージ幕・テレビ(25台)・電動スクリーン・図書等の 設備充実に充てられ、鉄筋コンクリート3階建ての校舎は、市内有数を誇る広いグラウンドと共に、 好個の教育の場と変わる。児童935名、24学級、教職員38人

そして、この年、繰り広げられた行事は多彩、春の運動会を始め、10月29日の100年記念碑除幕式、次いで11月9日、 西舘・西島両先輩に よる「戦前・戦後の高島小学校」を語る会、そして12日には全校凧揚げ大会を実施、次いで11月27日、 回顧展・作品展と共に、 記念式及び祝賀会(北海ホテル)を行う。

大正15年高島小学校卒 KM様
式典は、全児童と卒業生、旧職員、市関係者四百余命が参集、体育館で開会した。壁いっぱいに児童の手で作られた「かもめ」の絵が 乱舞するように張られ、波とかもめの声が交錯した放送が流れ、私たちを迎えてくれたのには、びっくりするとともに、高島の浜に 遊んだ遠い昔の思い出がよみがえってくるのであった。もっと驚いたことは、式典が児童たちにより演出されたことだ。 司会の児童会会長は最後まで落ち着いた口調で進行、それにより次々と壇上には百年を刻む故郷の面影が描写された。 ニシン漁景気にわく網おこしを男子生徒がヤン衆そのままの姿で沖上げ音頭を歌えば、女子生徒はほかむりの綿入れでモッコを背負い ニシン運び、低学年は竹馬や竹トンボとばし、パッチ、あやとりと昔の遊びを描写、その真剣な表情を見ている時、胸に迫る感動を ひそかにハンカチを目に当てている方が、あちこちに見えた。 ― 後略 ―

この『百年賛歌』は、式典部の作詞・作曲である。
1.今はじまる あたらしい時 今ふくらむ あたらしい夢
  光る絵文字に 願いあふれて たこが揚がる 北の空に
   今あたらしい 時がはじまる 今あたらしい 夢がふくらむ

2.今はじまる あたらしい時 今ふくらむ あたらしい夢
  白いつばさに 光あふれて かもめが翔ぶ 北の空に
   今あたらしい 時がはじまる 今あたらしい 夢がふくらむ

100年を終えて、101年!。新しい夢に向けてがんばり進む意気を昂揚したものであるが、「曲がり角」に立つ今日、 どんな夢を持って、どう進むかが大きな課題である。

以上、新高島町史205〜207ページより抜粋。