町会の充実
2. 町会の充実

昭和52年(1977)、町会は創立20周年を迎えた。 昭和32年(1957)から昭和52年(1977)までの20年間、それは人類史上未曾有の科学技術革新の時代であり、 四島国(戦後、日本を島国として侮辱した呼称)が経済大国といわれるところまで這い上がった時代である。 我が高島町もまた小樽市並びに関係機関団体の支援の下、世の進歩、激変に適切に対応して進歩・発展を遂げて来た。 この機に、発足以来を偲ぶと共に、力強く明日を歩もうという趣旨の下に、祝賀の集いが開催された。 発足以来のあの時の苦しさ、その時の喜びが話題の中心になると共に、故人となられた功労者各位の面影が逸話と共に浮かび上がり、 畏敬と感謝に自ら頭が下がるのであった。

この年、昭和52年(1977)町会は、児童公園入口の土地のほか、7件の用地、計1600平方メートルを250万円で購入、更に ― 北海道鉄道100年祭の年 ― 55年(1980)には 高島会館前の土地243平方メートルを513万円で購入し、併せて町民の共有財産として後日の事業出費に備える。 市内ほか、他の町村も行っている有価物(廃品)回収は― 公設水産卸売市場開設の年 ― 昭和53年(1978)より始め、 年間20万円の収益を得て、町会活動の資金とする。 いずれも町会活動の財政的基礎を充実するというねらいで行われたものである。

その他、― 小樽市開港80周年の年 ― 昭和54年(1979)、道々高島公園線道路が16メートルに拡幅され、更にこの年、 『高島越後踊り保存会』が発足して、児童公園を会場に年々盛んになり、他町内よりの観光客も見えるようになったことは、 ほほえましいことと言うべきである。
参考画像クリック 平成16年(2004)『高島越後踊り』の様子

高島子ども風土記(発刊:昭和49年)  発刊当時 高島小学校4年 SK様
― 昔のぼんおどりの場所は西島病院の近所やしゃの浜で、8月13日から20日まで、毎晩夕方から朝方までおどったそうです。 ぼんおどりのおどり方を聞いたら、おばあさんは「今おどって見せるから、ちゃんと見てれよ、な。」といって、 「手を前にやる時、足は3歩前に出すんだ。そしてな、手を後にやるんだ。」と手まね、足まねで教えてくれました。
わたしは、そのおばあさんのおどり方を見て、手の動き方はまるで若い人がおどっているように、じょうずなのに感心しました。 ― 中略 ― わたしは、ぼんおどりが今まで続いてよかったと思います。― 以下略 ―

なお、この期の昭和59年(1984)、下水道改修を加えた高島中央線の全面改修及び 「高島老人クラブ20周年」記念式が行われた。

以上、新高島町史198〜199ページより抜粋。