開校70周年記念事業
3. 開校70周年記念事業

昭和28年(1953)は、小学校の開校70周年に当たり、この機に校歌を企画し、松實菱三(元後志支庁長)に作詞を依頼したが、その三節が、 『鴎が丘のうろこ雲 海幸野幸(うみさち のさち)かぎりなく しのぶ祖先(みおや)のその功績(いさお) 嗣ぎ継ぐ栄(は)えを今胸に 桐の若葉もかぐわしく 伸びよう明日のわが郷土(さと)へ』とあり、北海の自然に挑むたくましい開拓精神と その継承を記したものとして、町民の好評を得た。

なお昭和30年以降、学童から北洋出漁船に慰問の成績品発送が開始され、その返事が中継船によって学校にもたらされる等、 ほほえましい情景が展開された。校庭には11年ぶりで二宮銅像が再建され「報徳」の思いを新たにすると共に、 新設グランドピアノからは新しい希望に満ちたメロディが流れた。提灯行列も行われて「復興」の灯は、夜空を赤く染めた。

祝津校も、昭和29年(1954)校舎改築、現位置に移転し、両校共に市内中央校なみの近代施設となる。

以上、新高島町史177〜178ページより抜粋。