北海道第二期拓殖計画
2. 北海道第二期拓殖計画

北海道が第二期拓殖計画を設定したのは昭和2年(1927)。期間を20年問と区切り、大正末、250万人だった道人口の倍増を目ざす。 すなわち大正12年(1923)関東大震災の被災民をはじめ、本州農民の招致、農耕適地158万町歩(うち水田45万町歩)の達成と 農業経営を改善して牛馬を100万頭とること等が主である。

そのほか鉄道促成、拓殖軌道設置がとり上げられ、特に漁港修築が日の目を見たことは適切なことであった。

明治43年(1910)発足の第一期拓殖計画では、道路、橋梁及び港湾費が重点に取り上げられたのは結構なことで、 函館、小樽、釧路、留萌、室蘭等の諸港が対象であったが、当時の立案者が、 「ただ港湾で、本道水産業の基調たるべき漁港については何も考えていなかったこと― 例えば明治41年(1908)から始めた岩内漁港修築事業を見て見ぬふりをしておったように」と、後悔めいた述懐をしている。

漁港修築は漁船の動力化、沖合漁業の振興と関連して極めて重要な施策であるべきだが、 第二拓殖計画でも計画されながら戦争のため未遂に終わったことは遺憾なことであった。

以上、新高島町史147〜148ページより抜粋。